2011年12月08日

「真剣な生き方をした人」憂国忌で英ジャーナリスト

001.jpg 昭和45年11月25日、東京・自衛隊市ケ谷駐屯地で自決した作家、三島由紀夫の命日に開催される追悼会「憂国忌」。41回目の今年は東京・永田町の星陵会館で行われ、評論家の新保祐司さん(58)や石平さん(49)の講演の後、約400人の聴衆を前に、遠方からの客人が壇上に立った。生前の三島と親しく、自決当時は英紙「タイムズ」の東京支局長だったヘンリー・スコット=ストークスさん(73)。著書『三島由紀夫 生と死』(清流出版)は英語圏で広く読まれている三島の評伝だ。
 「一番思い出に残っているのは、銀座にある私のオフィスに彼が駆け込んできたときのこと」。45年3月、雪の富士山麓で行われた「楯の会」(三島が主宰した民兵組織)の野外訓練に記者としてただ一人同行し、その記事が掲載された直後だった。当時、楯の会は作家の酔狂なお遊びとして見られていたこともあり、三島は記事に感激してこう言ったという。「君が一番、僕のことを真剣に書いてくれた!」
 同年10月には、三島から手紙を受け取った。執筆中の小説を書き終えた時、世界が終わるような気がする−という記述で、何か恐ろしいことが起きる予感がしたという。「彼は本気で思い、発言したことを実行に移し、自ら犠牲になるのもいとわなかった。真剣な生き方をした人でした」と振り返った。
 一方、記念講演を行った新保さんは、東日本大震災で戦後日本の国のあり方が揺らいでいる現状に触れ、「その意味を日本人がどれだけ受け止められるかが重要だ。近代日本そのものへの問い直しが必要で、三島が行った(戦後日本への)根源的批判の意味はますます大きくなっている」と問いかけた。

(産経新聞 平成23年12月8日付、15面。磨井慎吾記者)
posted by 三島研事務局 at 08:07| 関連記事