2001年11月25日

四日市の故郷に森田必勝の銅像

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三島事件から31年。
 今年も11月25日の命日に全国各地で三島・森田両烈士の追悼行事が行われますが、先週、私は所用で松坂へ出向いたので、久しぶりに三重県四日市市の森田必勝・実家を訪ねた。

 前の神社にこんもりとしていた森が目印だったが、木を伐採したので景観が変わっており、タクシーですこし迷った。じつは 今年、三重県入りは三回目だが、いつも四日市で時間を割くことができなかった。それゆえ実兄・森田治さんとは三年ぶり。挨拶もそこそこに仏壇へ。
 戒名は「慈照院釈真徹必勝居士位」である。
 実兄には6年前の「憂国忌25周年」に九段会館で挨拶をしていただくために上京してもらったが、その翌年秋にも小生の「三島由紀夫以後」の出版記念会にまで馳参じていただき、すっかり恐縮した。実兄は郷里で26年間、教職にあり、また必勝を父親代わりに育てられた。その経緯は中村彰彦著「烈士と呼ばれる男」(文芸春秋)に詳しい。

 その後、周囲から推されて政治の道を歩まれ、6期24年つとめられた三重県議も引退された。この4月に叙勲の栄誉に輝かれた(勲四等)。いまは悠々自適で、しばし回顧談に花が咲いた。翌日から天津へ旅行という。

 さて5〜6年前、作家の中村彰彦氏と訪れた際、地元篤志家の協力で森田必勝の「記念碑」が建立されていたが、昨年の命日には銅像(近藤英子氏・作)が建立された。私は必勝兄とよく似た像を仰いだ。しばし言葉がでなかった。
いまはまだ四日市だけかもしれない。しかしいずれ全国至る所に彼を顕彰する記念碑や銅像が建ち並ぶだろう、と思った。

宮崎正弘

posted by 三島研事務局 at 00:16| 追悼